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バレンタインデー   Saint Valentine's Day
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バレンタインデーの義理チョコ。予定している女性は70%。数は2、3個が平均。
5個以上は38%。本命チョコを贈る女性は76%。チョコを含め何らかの贈り
物をする女性は91%。贈り物イベントとして定着。(楽天 調査)
(03.02.06 神奈川新聞 14面)

バレンタインデーのチョコレートの売上は500億円とも。 記念日ビジネスとして 間違いなく大成功したマーケティングの好例だ。
 
女性が男性にチョコレートを贈るのは日本独自の習慣。
日本でのバレンタインデーの最初の仕掛け人はチョコレート会社のモロゾフ。 1936年(昭和11年)、在日外国人向けの英字新聞に、「バレンタインにはファンシーボックス 入りのチョコレートを贈りましょう」という広告を出したのが始まり。
 
戦後、駐留軍によって、永い間忘れ去られていたチョコレートの味が再びよび戻され、 昭和24年、日本チョコレート工業協同組合、 および25年、チョコレート原料対策協議会(後の日本チョコレート・ココア協会)が 創立されるに及んで、カカオ豆輸入再開の運動がはなばなしく展開された。 砂糖の裏付配給や工場設備の復興等も 年を追って推進され、戦後の食生活洋風化の波に乗って消費大衆のチョコレートに対する 需要は急テンポで伸長。
 
日本でも、新聞にバレンタインの広告が登場した当初は、 プレゼントはハンカチーフや化粧品など様々な品が紹介されていた。
本格的にバレンタインがチョコレートと結びついたのは1960年(昭和35年)から。
この年、森永製菓が大々的に新聞でキャンペーンし、バレンタインデーとチョコレート の関係づけ、知名度が一気に跳ね上がった。
かくして、日本では、仕掛け人がチョコレート会社だったために、 バレンタインの贈り物というとチョコレートというイメージが定着。
62、3年ごろからチョコレートの売上は急速に伸びた。 カカオ豆の輸入は戦前の30倍、年間3万トン以上に達し、 その生産高は菓子全体の20%を占め、不況をものともせず、右肩上がりの 躍進を続けた。
 

西暦3世紀のローマ、皇帝は、 若い兵士たちが戦争に出たがらないので、手を焼いていた。 理由は彼らが自分の家族や愛する者たちのもとを去りたくないからだと 確信するようになった皇帝は、結婚を禁止してしまった。
 イタリア中部 のキリスト教司祭、バレンタインは、 かわいそうな兵士たちをみかねて、内緒で結婚をさせていた。 それが皇帝の知るところとなって、 投獄され、西暦270年2月14日に、処刑されてしまった。
 
ローマでは豊穣の神のためにルベルカーリアという祭が 何百年ものあいだ行われていた。毎年2月14日の夕方になると、 若い未婚女性たちの名前が書かれた紙が入れ物に入れられ、 祭が始まる翌15日には男性たちがその紙を引いて、あたった娘と 祭の間、時には1年間も付き合いをする風習が出来ていた。
 
 496年になって、若者たちの風紀の乱れを憂えた当時の教皇は、 ルベルカーリア祭を禁止した。代わりに、女性の代わりに聖人の名前を引かせ、 1年間のあいだその聖人の人生にならった生き方をするように 励ました。そして、200年ほど前のちょうどこのお祭りの頃に殉教していた 聖バレンタインを、新しい行事の守護聖人とした。
カトリックの典礼暦では1年365日、いずれの日にも聖人が割り振られていて、 その日に生まれた人を守護することになっている。聖人はまたそれぞれ 職業を保護したり、病人を救ったりする役割も担っている。  
2月14日に割り振られて いた聖人バレンタインがいつしか恋人達の守護聖人とされ、19世紀にアメリカで 恋人にカードを送る風習となった。
 
現在も、欧米では恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、菓子などを贈る。 アメリカでは、クリスマス・カードの次に多く交換されているとか。
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